裴元紹 元黄巾賊、改心しようとしたら趙雲子龍にズブリ - 三国志演義前半戦!雑魚モブ武将を拾い読み!

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裴元紹 元黄巾賊、改心しようとしたら趙雲子龍にズブリ

hagenshou.jpg
この男が趙雲の槍で一突きか…?
もっとでかいことしてくれそうないい面魂です



元黄巾賊として、悪事を働き、黄巾の乱が鎮圧されてからは山に篭って山賊稼業。


しかし、関羽雲長との出会いが彼の運命を変えました。

関羽が曹操の下から脱出し、劉備の奥方を守って移動中に出会ったのが、裴元紹。


三国志演義第28回に登場。


関羽との遭遇。

「おれは天公将軍張角の下で一手をあずかっていた者だ!そこへ来る奴、命欲しくば赤兎馬を置いてゆけ!」


モノを知らぬ奴め・・・。


関羽が怒りの岩山両斬波を裴元紹の頭に振り下ろすのかあ!?


「おれは、真っ赤な顔で長いひげを生やしているのが関雲長とかいうのだとは知っているが、まだ見たことはない。そういうお前は誰だ?」


まだ無駄口を叩く裴元紹!


関羽が流浪の身ではなかったら、明らかに真っ二つにされていたことでしょう!


関羽の長いひげを見てから、彼は馬から飛び降り、ひれ伏せ。


「それがし裴元紹(中略)将軍とは全く存じませんでした(;・∀・)」



この後、裴元紹は関羽を慕っている周倉の話をし、関羽に会いたがっていることを伝えました。


そんなことを話していると、周倉が到着。


周倉に出会う前に、同じ賊の廖化に出会っていましたが、この時関羽は廖化を配下にはしませんでした。

周倉が関羽の部下になったのを見て、裴元紹も


「それがしもお伴したく(略)」


と発言しましたが、周倉から『お前がいなくなったら子分どもがまとまらなくなるから』と言われて、渋々アジトに戻りました。



その後、


関羽は無事劉備、張飛と再会を果たしました。

臥牛山というところに一行が到達すると、手傷を負った周倉ら数十名が逃げ帰って来ました。


周倉いわく、
「それがしが臥牛山に参る前に、一人の武者がただ一騎にて彼の地へ参り、裴元紹と闘ってただ一合で刺し殺し、(略)」


いつの間にか殺されていた…。


犯人は趙雲子龍さんなんですけれどもね。



あの時関羽の後に付いて行っていれば・・・。


改心して劉備につき従い、蜀の国を拝めることができたら・・・惜しい?!人材でしたなあ?
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コメント
非公開コメント

趙雲との一騎打ちは確実に死亡フラグ(−_−;)。
某サイトによると29勝1敗3分だそうです。
唯一の一敗も姜維相手とは、ほぼ無敵ですな。

2013-06-05 20:51 | from

Re: タイトルなし

趙雲!そんなに戦績いいんですか!
それでは、まさに死亡フラグですな・・・。
長坂坡での無敵っぷりを見ると、裴元紹などは食後のデザートのようなものですね・・・

2013-06-06 04:44 | from 諸葛菜

長坂でのモブ武将と韓徳親子で勝ち星を荒稼ぎしている模様です。
裴元紹以降、黄巾賊の残党って出て来ないですよね?三つ国が出来たとはいえ、世の中が平和になったという証拠でしょうね。

2013-06-07 07:12 | from

Re: タイトルなし

勝ち星荒稼ぎww

吹きましたw

長坂坡、韓徳親子との戦いは明らかに一方的でしたな…。
韓徳親子については、ジェノサイドもいいとこです( TДT)

息子を殺されてしまった韓徳親爺にとても同情したのを覚えています。

それと、韓徳親子を捨て駒にした夏侯楙には苛つきましたね~!

確かに三国の方がマシかもしれないです。
黄巾あたりは牙一族もびっくりの世紀末でしたからな・・・

2013-06-07 22:22 | from 諸葛菜

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