張梁 大賢良師張角の弟 われこそは黄巾党人公将軍也!! - 三国志演義前半戦!雑魚モブ武将を拾い読み!

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張梁 大賢良師張角の弟 われこそは黄巾党人公将軍也!!

張梁、黄巾党の大幹部として、かなり有名ですよね^_^


張梁
官軍の火の矢もなんのその!「ベギラマ」で応戦だっ!



劉備三兄弟が桃園の誓いをし、主人公らが立ち上がったばかりの三国志の超序盤。


この時に登場する敵は、全部やられ役なので気の毒なくらいサクサクやられちまいます^_^;


第2話の前半で黄巾賊の乱は終了。


花の命は短いといいますが、張梁もまさにそれ。


演義第1回。
鳴り物入りで登場した張角三兄弟の一人張梁。

人公将軍と唱えて、黄巾党信者から絶大な支持を受けて挙兵。
幽州、青州など中国東部をメインに破壊活動を行い、洛陽へと迫る勢いでした。


張梁は兄の張宝とともに、朱儁、皇甫嵩と対峙していましたが、じわじわ追い込まれ草深い野原に陣取っていました。


劣勢なところに劉備三兄弟も援軍に駆けつけました。


この頃の劉備・関羽・張飛、メチャクチャ強いんスよ。

劉備三兄弟の行く手は無人の野行くが如くの大活躍。
あっちこっちで危機に陥っている官軍を助けまくり、黄巾党を蹴散らしていました。

劉備、関羽、張飛は盧植の指示を受けて、朱儁、皇甫嵩の軍を援護するべく現場に向かいました。


さて、張梁。

草深い野原…火計でやられてしまうのは目に見えています(;_;)


その夜、朱儁らは、にわかに激しい風が吹き起こったので、夜の更けるのを待って、一斉に放火。


逃げ惑う黄巾軍。
張梁らは散々に斬りたてられ退却。


退路に立ちはだかったのが曹操孟徳。
この後、曹操の生い立ちが長々と書かれていて面白いのですが、割愛。


張梁は張角を頼って落ち延びました。



てっきり張角・張宝と一緒になって、最後の戦いをするかと思っていましたが、張宝軍を囲んでいる朱儁に、早馬がやってきて、


「(中略)張角はすでに死し、張梁が指揮して我軍を拒みましたが、皇甫嵩殿は7度の合戦に全て打ち勝ち、張梁を曲陽にて斬り殺し、張角の棺桶をあばいて、屍を斬り刻み首を晒したうえ都へのぼせたので、残党はすべて降参いたしました。(略)」


いつの間にかやられていました^_^;
でも、皇甫嵩を食い止めていたんですね…7回も。

演義に出てくる黄巾軍の中で、一番頑張ったんじゃないでしょうか。
描写がなかったのが残念。


黄巾賊の乱も、朱儁の元にやってきたモブ伝令の長ったらしいセリフで終了。


黄巾族の乱は完全に劉備三兄弟、曹操、孫堅の踏み台になっていました。
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