董太后 漢末霊帝の母親 ゴッド・マザー振りを発揮して何太后何するものぞ( ゚д゚)! - 三国志演義前半戦!雑魚モブ武将を拾い読み!

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董太后 漢末霊帝の母親 ゴッド・マザー振りを発揮して何太后何するものぞ( ゚д゚)!

董太后


董太后は霊帝のご生母です。
董太后は元気だけど、霊帝は病死寸前。


霊帝には王美人という側妾がいて、協皇子(後の献帝)を産み、霊帝の寵愛を受けていました。

しかし、何進の妹何太后が嫉妬して王美人を毒殺。
哀れに思った董太后は協皇子を自分のもとで養いました。


霊帝は協皇子の方が好きでしたので、後継者にしようと考え、十常侍蹇碩は「協皇子を皇帝とするのなら、何進を殺ろして禍根を断つ」よう奏上しました。


霊帝もこれに同意し、蹇碩に任せました。


しかし、ことは何進にバレてしまい、蹇碩は処刑され、何太后と何進一派が重職につくこととなりました。


これに怒った董太后は十常侍張譲共を招集。
「何進の妹はわたしが引き立ててやったものです。それがいまではどうです。我が子を御位に即け、朝廷の内外を腹心で固めて、わがもの顔で振舞っています。あれを押さえるには、どうしたらよいでしょう」

董太后2

張譲は協皇子を陳留王とし、国舅董重を高位に登らせ兵馬の権を持たせるよう発案しました。

董太后は翌日すぐに宣旨を下し、上記案を実行し、董太后は権勢をほしいままに振舞いました。


これに焦った何太后は宴席を設け、董太后を招きました。


「わたくしどもは女のみにござりますれば、自ら政治にあずかるのはいかがかと存ぜられます。そのむかし呂后は重権を握りしがゆえ、その一族千人ことごとく滅ぼされることとなりました。いまわたくしどもは九重の奥深く引きこもって、朝廷の大事は大臣元老共が議するに任せれられれば、これ国家の幸いでございます。なにとぞお聞き届けのほど願わしゅう存じます」

と、何太后。

これを聞いた董太后は激怒。

「そなたは、はしたなくも王美人を嫉んで毒殺し、近頃は我が子を御位に即け、兄の何進の勢いがいかに強いからとて、よくもそのような人をなげな言い草、お控えなさい。わたくしが驃騎将軍に一言言えば、そなたの兄の首を斬ることなぞ、掌をかえすようなものを」


これを聞いた何太后も怒り、

「わたくしが腰を低うしてのお勧めに、それはあまりなお言葉」

「そなたのような豚殺し風情に、何が分かるものですか」



二言目はもっとあまりなお言葉。
二人は口喧嘩をし始めたので、皆がとりなしましたが、結果、何太后は何進に頼んで董太后、董重を排斥。

董重は自殺。
董太后は島流しに遭い、その途中、何進の手の者に毒殺されました。


後漢末は毒殺やら謀殺が多くてドロドロしまくりです。
演義前半でこのようなノリに嫌気が刺したのか、羅貫中、演義後半では、呉の二宮の変については全く触れませんでした。

確かに書いていて疲れるわな…。
ここは記事下のフリースペースです
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