許昌 自称『陽明皇帝』 演義第2回で孫堅の武勇伝に登場 - 三国志演義前半戦!雑魚モブ武将を拾い読み!

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許昌 自称『陽明皇帝』 演義第2回で孫堅の武勇伝に登場


陽明皇帝を知っていますか?

「あ~、あの会稽で挙兵した許昌だろ?」

と思った方、おかしいです


演義第2回に孫堅がどうして有名になったかというエピソードに登場。
孫堅が少年の頃、海賊を数十人打ちとった話と一緒に語られています。

許昌は会稽で数万の民衆を集め、陽明皇帝を名乗り挙兵しました。
勇士1000人を集めた孫堅に打ち破られ戦死。


演義ではさらりと紹介しましたが、この乱は172年11月—174年11月のおよそ三年間続きました。

三年間戦えたということは相当なやり手だったのではないでしょうか。
演義では孫堅一人にやっつけられたみたいに書いてありますが、孫堅一人ではなく揚州刺史臧旻、丹陽太守のなんとかなどにもやられたそうです。


こんな反乱が頻発していた後漢末。
おかしいです^^;、どんだけ乱れていたのでしょうか。

カリスマもあったのでしょうけど、許昌はちょっと電波系な気がしますね^^;
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